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野口五郎・郷ひろみの涙の弔辞を聞きながら、秀樹旅立つ

2018/11/26
 
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西城秀樹さん告別式、祭壇は日本初の野球場コンサート会場の大阪球場を再現

5月16日に急性心不全で亡くなった西城秀樹さんの告別式が
今日26日に営まれました。

ファンや新御三家の、郷ひろみさん・野口五郎さんら始めおよそ4000人の人たちが参列し
西城秀樹さんを見送りました。

YMCAなどよく聞いて育った世代にとって、西城秀樹さんはやはり身近・・・。
芸能人では珍しいくらい悪意のない人だったと樹木希林さんも絶賛するくらいの人格者だったようです。

その告別式で、同じ時代を友としてライバルとして共に生きてきた野口五郎さんが
親友西城秀樹に送った弔辞は、彼の悲しみの深さが伝わってくるものでした。。

法名 「修音院釈秀樹(しゅうおんいんしゃくひでき)」

郷ひろみさんと野口五郎さんの弔辞

郷ひろみさんの弔辞全文

これが、僕から…、秀樹に贈る最初で最後の手紙になります。
 弔辞。秀樹、五郎、そして、僕。新御三家と呼ばれて、気が付いたら45年以上の月日が流れていました。  
 秀樹、五郎、僕より先にデビューしていて、何も分からず芸能界に飛び込んだ僕は、2人の背中を見て歩んでいくことがやっとでした。  
 
 あの頃、毎日のように、音楽番組があって、2人が当たり前のようにそばにいて、でも、僕の中では、2人のことをライバルと思ったことは1度もなく。同じ世代を駆け抜けていく、同志という思いでした。  
 1975年。日本レコード大賞で秀樹、五郎の2人が金賞を受賞し、残念ながら、僕一人だけ名前を呼ばれることはありませんでした。
 でも、その時の思いが一心のバネになって、翌年、日本レコード大賞大衆賞、「あなたがいたから僕がいた」で受賞することができました。
   
 人は、頑張れば、努力すれば、必ずかなうんだ―。それを教えてくれたのは、2人の存在です。  
 ある時、秀樹は40度近い高熱が出たにもかかわらず、ステージを務め、最後は倒れるように歌を歌い上げた。
 本当にファンの人のことをまず考えて、自分の人生をダイナミックに生きる人と痛感しました。  
 今から2年前、2016年。ある雑誌の対談で秀樹、五郎、僕。新御三家が顔を合わせました。  
 秀樹は大病を患ったにもかかわらず、そこに駆け付け、1つ1つの言葉を大切に伝えてくれる。  
 僕はとても心を打たれました。残念ながら、それが、秀樹を見た…、最後になってしまいました。
   
 あの時、対談の中で「ここまで歌を続けてきたんだから、感謝の気持ちを持って歌い続けていこう」。  
 そう締めくくったにもかかわらず、秀樹は天国に行ってしまいました。
 本当に残念です。日本中の人々から愛された秀樹の歌、そして、笑顔―。
 これは、これからも人々の心の中に、しっかりと刻まれていくことでしょう。
  
 僕は秀樹のことを「兄貴」という風に思っていました。  
 まず最初にデビューした五郎が長男で、秀樹が次男、僕が三男。その思いは、今でも変わっていません。  
 これからも、秀樹の背中を見て、心の中でそう思って、ずっと歌を歌い続けていきたいと思っています。
 今まで、本当にありがとう―。そして、安らかに眠って下さい。

野口五郎さんの弔辞全文

秀樹との46年間は簡単に語りきれるものではありません。
こんな風に君への弔辞を読んでいるなんて考えてもいなかった。
君は特別な存在だった。兄でもあり、弟でもあり、親友でもあり、ライバルでもあった。
いつも怒るのは僕で、君は全部受けて止めてくれて、今思うと僕と君の違いは心の大きさが違うよね。
いつも僕が言うことを大事に聞いてくれていて、なんでそんなに信用してくれていたの。

30年ほど前にチャリティーコンサートをするっていうことで、僕に曲を作ってほしいって言ってきたことがあった。
「秀樹、僕は君の曲は作らないって知っているだろう。」「うん、だから作って。」「だから作っては日本語変だから。」「最後にみんなで歌う曲を作って。一応、締切は○○だから。」「秀樹、無理だからね」。

そう言って別れたのに、締切ギリギリに譜面を届けた僕に、君はまるで僕が作ってくるのが当たり前なように玄関先で「ありがとね」って笑顔で一言。
完全に見透かされているよね。デビューしてアイドルと呼ばれるようになった僕らはその席を後輩に譲らなければ、そして僕らはさらなる高みを目指さなければと考えていた、その方向が僕らは同じだった。

秀樹は決してアクション歌手ではないし、本物のラブソングを届ける歌手だっていうことを僕は知っている。
お互い、独身時代が長かったから、なんでも話すようになって、ゴルフも一緒に行った。
君が車で迎えに来てくれて、僕がおにぎりとみそ汁を用意していて「夫婦か」って言い合って、僕が「秀樹、結婚するから」って言った時の驚いた顔を僕は忘れない。
2月に僕が披露宴をした時に「おめでとう」と握手を求められた瞬間、僕にはすぐわかったよ。
コイツ結婚するって。案の定、5ヶ月後に結婚した。

ある時、奥さんが「もしかしたら子どもができたかもしれない」と言い出し、
驚いた僕が「あした検査に行こう」って話していたら、君から突然の電話。
「五郎、まだ誰にも話していないんだけど、子どもができた」。
生まれてみたら同じ女の子で、君の家が6月3日、僕の家が6月5日。マジかこれ。
当然、娘たちの初節句、ひな祭りも一緒に祝って、3年前、秀樹の還暦パーティーにサプライズでケーキを持っていった時の秀樹の驚いた顔、忘れられません。
その時に「抱いていいか」って聞くと「なんだよー」って言いながらも、僕はそんな君を抱きしめた。

その時、君は僕を抱きしめ返そうとして全体重が僕にかかった。
それは僕しかわからない。心の中で「秀樹、大丈夫だよ。僕は大丈夫だからね」って思った。
それと同時に僕の全身が震えた。こんな状態でファンのみなさんの前でいたのか、そこまでして立とうとしていたのか。
なんてすごい奴だ。彼の大きさに驚いて、一瞬頭が真っ白になって、彼のコンサートなのにファンのみなさんに僕は「西城秀樹です」って紹介してしまった。

秀樹ほど、天真爛漫っていう言葉がぴったりな人を僕は今まで会ったことがない。
何事にも真っ直ぐで前向きで大らかで、みんなを魅了するやさしさとすべてを受け入れる潔さ。
秀樹の代わりにはなれないけど、まだしばらくは頑張って歌うからね。
お前の分も歌い続けるからね。そして、君を慕ってくれた後輩たちとともに僕らの愛した秀樹のすばらしさを語っていこうと思います。何よりも支え続けてくれたファンのみなさんとともに。

秀樹、お疲れ様。そして、ありがとう。もう、リハビリしなくていいからね。もう頑張らなくていいから。
君のかわいい子どもたち、家族をいつも見守っていてほしい。
そして、お前が思うラブソングを天国で極めてくれ。お疲れ様。そして、ありがとう。

平成30年5月26日 野口五郎

※参考:yahooニュース

通夜の参列者には会葬御礼として、西城さんが73年から85年までCMに出演したハウス食品の「バーモントカレー」が配られたという・・・

これほど多くの人に愛された西城秀樹さんは、脳梗塞になった後も、その姿を隠すことなく
ありのままを伝え、懸命に生き抜いた。

そんなひとりの人間が旅立った・・・。
どうぞ安らかに、いつまでもその歌声を天国でも届けてくださいね
合掌

 

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